東京地方裁判所 昭和56年(ワ)8666号・昭56年(ワ)12374号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
【説明】
「一 請求原因
1 事故の発生
原告川上は、昭和五五年八月三日午後一一時二五分ころ、普通乗用自動車を運転し、東京部練馬区三原台二丁目二番四号先路上で赤信号により停車したところ、被告の運転する普通乗用自動車に追突され、頸部、腰部挫傷の傷害を受け、事故の翌日から少くとも昭和五六年一月三一日まで就業が不可能となつた。」
【判旨】
一請求原因1の事実(事故の発生)は、原告川上の就業不能となつた期間の点を除いて、当事者間に争いがない。
二、三<省略>
四損害について判断する。<中略>
1 休業損害
原告らは、原告会社の事故前二年間の確定申告における所得金額(原告川上の役員報酬を加えた額)の平均額と事故後の確定申告における欠損金額との差額をもつて休業損害ないし営業損害と主張する。
思うに、企業の代表者が交通事故により受傷し、そのため法人格を有する企業(会社)に何らかの損害が生じたとしても、いわゆる企業損害は加害行為と間接的な関係に立つ損害として、特段の事情のない限り、加害者に賠償を命じうる相当因果関係ある損害には当らないと解される。しかし、その場合でも、当該企業が法人とは名ばかりの俗にいう代表者の個人会社であつて、代表者の機関としての代替性がなく、代表者と会社とが経済的に同一体をなす関係にある場合には、法人格のない個人企業主が受傷した場合の損害算定との均衡上、例外的に特段の事情があるものとして、企業損害の賠償を求めることができると解すべきである。そして、かかる企業損害を請求しうる場合の損害賠償請求者は、結局、法人格を取得している企業の独自性を否定することを前提にするわけであるから、個人企業主が受傷した場合と同様、原則として代表者個人と解するのが相当であり、ただ企業(会社)の名をもつて請求してきた場合にも、あえてその請求権を否定するほどのことはなく、右の場合の代表者と企業(会社)との関係は連帯債権類似の関係にあるというべきである。
そこで、原告会社の実態について検討してみるに、原告川上が建設業を営む原告会社の代表取締役であること、訴外川上徳子(原告川上の妻)と訴外青木妙子が取締役であることは、当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、
(一) 原告川上は、昭和三五年ころから大工として修業を積み、昭和四五年ころ個人の建設業者として独立したが、その業務内容は、直接注文主から建物建築を請負い、あるいは元請の工務店から建物建築の一括下請をするものであり、更に昭和四九年ころからは土地を購入して建物を建築し、いわゆる土地付建売住宅の販売も手がけるようになつたこと、右業務に関する請負価格の見積り、契約の締結、建物の設計、資材の購入、下職の手配及び指揮監督、建売住宅のための土地の購入、その他資金繰り等主要な事項はすべて原告川上が一人で行なつていたこと。
(二) 原告川上は、税金対策及び対外的信用等の理由から、昭和五一年一二月一六日資本金三〇〇万円で建築請負業を目的とする原告会社を設立したが(なお、資本金は昭和五四年二月から金一、〇〇〇万円に増額)、業務内容は、土地付建売住宅の販売の比重が増えたほかは従前と変わらなかつたこと、原告会社の役員として、代表取締役に原告川上、取締役に原告川上の妻訴外川上徳子と原告川上の義姉訴外青木妙子、監査役に原告川上の実姉訴外木内ケイが就任しているが、原告川上以外の者は名目的な役員であり、取締役会が開かれたことはなく、原告川上一人が自らの判断で業務執行に当つていたこと、原告会社の株主は、設立当初八名(もつとも、その後九名になつている。)であるが、実際の出資者は原告川上のみであり、他の者は全く名義上の株主にすぎないのであつて、株主総会が開かれたことはなく株券も発行されていないこと、原告会社では、昭和五四年四月東京都知事から一般建設業の許可を受けたが、それは原告川上が建設業法七条一号イ所定の許可基準に該当したからであること、原告会社の事務所は、原告川上の自宅の一角にあり、他に営業所はなく、右事務所の光熱費等は原告川上方との間で明確に区分されていないため、概算で割合的に処理されていること。
(三) 原告会社においては、土地付建売住宅の販売等に関し、多額の事業資金を必要とするが、原告川上個人名義の借入金と原告会社名義の借入金とがこん然一体となつて右事業資金に利用されており(その比率はおおむね原告川上個人が四割位、原告会社が六割位)、原告会社名義の借入金については、原告川上が個人保証をしているほか、その個人資産が担保に供されていること、原告会社が原告川上個人の借入金を利用するについては、特に消費貸借契約証書が作成されているわけではなく、また取締役会の承認手続もとられていないこと、原告会社の業務については、建築現場において常時一五名位の下職を手間賃仕事として使用していたほか、昭和五三年から昭和五五年にかけて従業員一名が雑役等の仕事をしていたことがあるものの、それ以外には、訴外川上徳子、同青木妙子が経理事務及び電話番等に従事し、訴外川上徳子の母訴外内川ふじが不定期に事務所内の掃除等をしているだけであり、その余はすべて原告川上がさい配を振るい事業を行なつてきたこと。
以上の事実が認められ<る。>
右事実によれば、原告会社は、法人とは名ばかりの原告川上の個人会社というべきであり、原告川上の代表者としての代替性はなく、かつ原告川上と原告会社とはいわゆる財布共通の関係にあり経済的に同一体とみることができる。したがつて、本件では、前述したいわゆる企業損害の賠償を求めうる場合に当ると解すべきである。
ところで、本件のような場合の休業損害ないし営業損害の算定については、原告川上の稼働能力をどのように客観的に把握するかという点において困難な問題があるが、当裁判所は、次のように考える。
すなわち、<証拠>によれば、
(一) 原告会社における第三期(昭和五三年五月一日から昭和五四年四月三〇日)の売上高は金二億八、〇五一万円(千円以下省略。以下同じ)、製造原価は金二億五、六七三万円、売上総利益は金二、三七八万円、販売費及び一般管理費は金一、七三七万円(その内、役員報酬は金七〇〇万円、給料手当は金三四〇万円)、営業利益は金六四〇万円、経常利益(営業外損益を控除したもの。以下同じ)は金二六九万円、
(二) 第四期(昭和五四年五月一日から昭和五五年四月三〇日)の売上高は金二億四、一八一万円、製造原価は金二億一、八九〇万円、売上総利益は金二、二九一万円、販売費及び一般管理費は金二、四三六万円(その内、役員報酬は金一、一四〇万円、給料手当は金五六八万円)、営業利益はマイナス金一四五万円、経常利益はマイナス金九〇七万円、
(三) 第五期(昭和五五年五月一日から昭和五六年四月三〇日)の売上高は金一億〇、一五二万円、製造原価は金九、四一五万円、売上総利益は金七三六万円、販売費及び一般管理費は金一、四四二万円(その内、役員報酬は金三一〇万円、給料手当は金六〇二万円)、営業利益はマイナス金七〇五万円、経常利益はマイナス金一、四一〇万円、
(四) 第六期(昭和五六年五月一日から昭和五七年四月三〇日)の売上高は金一億五、七七七万円、製造原価は金一億四、一一二万円、売上総利益は金一、六六四万円、販売費及び一般管理費は金一、一一〇万円(その内、役員報酬は〇円、給料手当は金六五九万円)、営業利益は金五五四万円、経常利益はマイナス金一八二万円
であることが認められ、右認定に反する証拠はない。
そして、前認定の原告会社の実態及び原告川上の役員報酬額等から推し量つてみると、原告川上の事故前の平均的所得額は、原告会社の第三期、第四期における各経常利益額に、販売費及び一般管理費の内の役員報酬額及び給料手当額を加算した金額をもとに、原告川上の寄与率を八〇パーセントとして算定するのを相当とし、してみると、その金額は第三期が金一、〇四七万二、〇〇〇円、第四期が金六四〇万八、〇〇〇円となり、その平均額は金八四四万円となる。原告川上が事故後も通院しながら十分といえないまでも就労していたことは、原告川上本人尋問の結果によつて認められるところ、原告川上の休業の程度は、事故後の第五期、第六期における原告会社の売上高及び売上総利益の減少割合(事故の前年である第四期と比較し、事故のあつた第五期の売上高は約41.98パーセント、売上総利益は約32.12パーセントに、事故の翌年の第六期の売上高は約65.24パーセント、売上総利益は約72.63パーセントになつている。)、原告川上の通院状況等を斟酌して考えてみると、第五期(ただし、事故後の約九か月間)については三分の二、第六期については三分の一の休業を余儀なくされたものと推認するのが相当であり、金八四四万円の年収額をもとに右割合で休業損害ないし営業損害を算定すると、次の計算式のとおり、第五期が金四二二万円、第六期が金二八一万三、三三三円となる。
第五期 844万円×9/12×2/3=422万円
第六期 844万円×1/3=281万3,333円
したがつて、本件における原告川上の休業損害ないし営業損害は金七〇三万三、三三三円と認める。
なお、原告らは、個人企業の代表者が受傷し一時的に就労不能となつた場合には、その間企業を維持存続させておかなければならないから、企業維持のための固定費等も事故と相当因果関係ある損害になると主張し、欠損金額との差額を損害として請求する。しかしながら、企業を維持存続させるために相応の固定費が必要となるであろうことについては理解できないではないが、欠損金額のすべてが固定費の支出に基づくとはいえないのみならず、そもそも、いわゆる企業損害の賠償が認められるのは、企業の独自性が代表者との関係で否定されるような小規模の個人的企業を前提にしてその収益力を評価するものであり、しかも、企業維持のための固定費なるものは、企業規模、企業主の経営手腕、企業経営の健全性等に大きく左右され、とりわけ、それらが良好でない場合ほど大きな影響を受けるものであるから(ちなみに、本件では、前掲証拠によれば、短期借入金の負担がかなりある。)、企業維持のための固定費は間接的損害として、特段の事情のない限り、加害者に賠償を命じうる事故と相当因果関係がある損害には当らないといわざるをえない(東京高裁昭和五六年一〇月二一日判決。判例時報一〇七二号一一二頁参照)。したがつて、原告らの右主張は採用できない。
(武田聿弘)